【メモ】ツヴィリングトゥルムの黄金、アルトリア、『共通思考』

  • アークナイツのイベントストーリー「ツヴィリングトゥルムの黄金」を読んだ
  • アルトリアの回想秘録も読んだ
  • アルトリアの思想と「共通思考」とに近しいものを感じたりした

ツヴィリングトゥルムの黄金

いろんなサイドストーリーの話がリターニアに収束して、「巫王の遺産」を片付けることで時代が切り替わる、そんな物語だった。

エーベンホルツ、イグゼキュター、ヴィヴィアナ、アルトリアの 4 人は、そこに立ち合うことで自身の在り方を見つめ直した人たち。

振り返ってみれば、彼等は全員あの場所に辿り着いたけれど、巫王を巡る物語に対しては最後まで観客、傍観者でしかなかったような気がする。

きっと、「本番」はその先の話なんだろうな。ツヴィリングトゥルムでそれぞれが何らかの決断を下したことで、ようやく次に向けて歩を進められるようになった。そのための場がロドスってことなのかな。

アルトリア

ツヴィリングトゥルムの黄金における舞台装置、孤独な巡礼者。

物語において中心に据えられてはいるものの、主体性は削がれて舞台装置でしかなかった。これまでのアルトリアの在り方では、強い意思を持つ人々の傍らにおいては道具になるしかない、ということなんだと思う。

絵筆を動かせない身体を動かすためであったり、見えないものを見るためだったり。

巫王に拝謁し、問答を経て、アルトリアはようやく主体として確立し始めたんじゃないかと考えている。思想はあっても確固たる意思はなく、求める答えが転がり落ちてくるのを待つだけだったのがこれまでのアルトリアという人間。

そんな人間が、ようやく自分の足で立って歩けるようになりました。フラフラと歩き続けていたアルトリアがロドスで立ち止まることになったので、身体の動きは逆だけれども。

回想秘録では、アルトリアにも「聖徒」の肩書きが与えられていた。これまで舞台装置でしかなかった彼女が、いよいよ舞台の上に演者として引きずり出されたことになる。

これから、アルトリアがどんなことを考えてどんな行動をするのか、とても楽しみ。

『共通思考』

今回のイベントで、アルトリアの目指している世界について語られていたのだけど、それを読んでいて、「共通思考」のことが頭をよぎった。

これは森博嗣作品の特に最近の作品で触れられている概念で、明確な定義が述べられているわけではないけれど、情報技術の発展によって人工知能や人間がネットワークで繋がり活動の本拠地がヴァーチャルに移行した世界において、個人の境界、「一人」という概念が曖昧になったことで生じる「思考」のことを指していると思われる。

ここでいう「一人」の曖昧化は、統一された何かになることではなく、分裂も融合も自由になるという意味なので、争いがなくせるとか常に良い結論を導けるみたいな話ではない(はず)。

アルトリアが求める世界の在り方と、この「共通思考」に類似性を強く感じたので、この対比を使ってアークナイツの世界観を読み解いていくのも面白いかもしれない、と思っている。

サンクタの共感やサルカズの記憶について、ネットワークによって人間や人工知能が繋がれた世界と対比させることで、どんなものが見えてくるだろう。

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本田そこ

小説を書いたりたまに絵を描いたりするかもしれません。 http://sokosoko.info が本拠地です。

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